愛は行動です
1945年9月10日
瞑想会に向かう汽車の中での体験。
「修道会を出て、スラムへ行きなさい。そして貧しい人
の中でも、本当に貧しい人に仕えるのです」
この心の声に従って10代から20年近くも一緒に過ごしてきた家族同然の修道会のシスター達と別れを告げ、黒い修道服を脱ぎ、白いサリーに着替えてインドのカルカッタに向かったのです。20万人もの人が路上で生活し、病気の人の手当から子供達に文字を教えマザーの生活環境はこのように一変して行ったのです。
そのようなマザーに石を投げる人々。
そんなマザーは、石を投げつけられて辛いとか、自分の惨めさに対して意識を向けないのです。
そうではなく、スラムの人たちがどれだけ苦しい思いをしてきたか、身を持って理解できたと…
心は辛い人々に向けている、この姿に感動です。
マザーの活動を知らない人はいない位、世界に認知されましたが、ウジの湧いた人を助けたり、最期を看取ったり。。。
そんなマザーを「テレサを追い出せ!」というデモが起こったり。
そんな事態の中に警察署長が施設の取り締まりにやってきて、デモを起こした街の人々にこのように伝えました。
「マザーテレサとシスターたちを追い出してやろう。しかし、君たちがお母さんやお姉さんをここへ連れてきてマザーテレサの代わりに同じように看病や食事の手伝いを してくれるならばだ!」
警察署長は心のこもったマザーたちの活動に感動したのです。
マザーの活動は様々なドキュメンタリーとして残され映画にもなりました。
ノーベル賞の推薦も一度は断りましたが、そこで頂く恩恵を全て苦しむスラムの人々に分け与える事が出来るなら、ノーベル平和賞の授与に加担したのです。
………わたしは、12月になるとイエス・キリストを思い出します。キリストに帰依したイタリアのフランチェスコに帰依した、マザーテレサ。
私達は、クリスマスの意味も知らず、ただ12月になると世界の人々がクリスマスを祭ります。
1年を終えていく最後の月に、マザーテレサの光の言葉を贈ります。
★愛の反対は無関心
★わたしの行いは大河の一滴にすぎない、でも何もしなければその一滴も生まれない。
★大切なことは、どれだけ多くの事をしたかではなく、どれだけ心を込めたかです。
マザーは、一単位の人としての幸せを願ったのでもなく、一家族の幸せに溺れてもいない、国家を越えて、宗教の壁を越えて生きた女性。
人類は、全て繋がり、私達人類が陥りやすい、この世だけの幸せを見つめたのでもなく、永遠と言われる魂にフォーカスし、人生の歩みを進め、魂の尊厳と成長をみつめた歩み…そのように思います。
最後に、銃弾に撃たれ亡くなったマザーの父の言葉。
マザー幼名、アグネス。9歳のアグネス
「お父さん、貧困に苦しむ人の薬はないの?」
お父さん
「アグネス、君が大きくなったら、苦しむ人々の薬になりなさい」
なんて素敵なお父様なんでしょう。
師走の今日、わたしは祈ります。わたしも少しでも、マザーのような生き方ができる…わたしの人生に魂の進化と成長を促します。
祈り


