2022年8月

「ひぐらしが鳴いたら帰ろうね」

野山を駆け巡るヤンチャな子供にとっては、ひぐらしが帰宅のバロメーター。その子供は兄、弟、わたし。

早朝の涼やかな風に吹かれながらカブトムシを捕まえ、それが終わったら川遊び、それから田んぼのあぜ道を歩きながらトンボを捕まえ、クタクタになって帰ります。

小さな兄の手が、更に小さい紅葉のようなわたしの手を取って「久美子帰るよ」……

誰に邪魔されることのない夏休みは、わたし達にとっての楽園でした。

晩夏になればなるほど、ひぐらしの(カナカナ〜♪カナ〜)鳴き声は郷愁を呼びました。

幼い頃の記憶を携えて大人になった今……兄との別れを偲びます。

兄の体の痛みと辛さを感じながら、特に、ここ4ヶ月は兄へと意識が流れました。そして、一生懸命、様々な内容に取り組みました

兄を、わたしのマンションで看護したその日。

わたしのリクライニングチェアに横になりながら、細くなった体をチェアーに身を任せたら、小さな声で、「迷惑かけてごめんね」

「何を言っているの、人は生まれたら人に迷惑をかけて育つのよ。迷惑をかけない人はいないよ。人間は迷惑かけ合いながら愛を育てるんだね、そう思わない? 幼子から年を重ねて…ね!そうでしょ。兄ちゃんわたしは嬉しいよ…」

「そうか…ありがとう…」

わたしは、涙目の兄の手を取りました。

そして、妹として生まれたことをありがたく感じました。

この人生に偶然というものはなく、全てのものに…わたし達の理解を超えた、より大きな目的がある・・・そのように感じさせてくれた兄との出逢い。

潜在意識の深いところで結ばれた絆・・・

大人になった今、幼い頃を思い出させてくれる、暑い夏、小さなわたしを支えて手をひいてくれた、兄の手の優しい温もりを覚えています。

そして、旅立つ準備の兄の手は優しく兄と妹の契りを結び、それが兄との最期、温かなぬくもりでした。

もう兄の手を握ることはありません。

「今迄支えてくれてありがとう。これからは、魂になった兄ちゃんを感じながらしっかり生きていきます」そう宣言を致しました。

ひぐらしの鳴き声を聴きながら、幼い頃の優しい想い出へのタイムスリップは、今に息づいています

大切な御縁でした。

恩田晴夫兄さん

生まれてきてくれてありがとう。

わたしと出逢ってくれてありがとう。

    合掌