2019年6月

早いもので既に半年となる6月を迎えました。

改めて月日の流れの早さを感じております。

桜が楽しみと思って過ごした春先から梅雨時期を迎えようとしております。

季節の変わり目に感じる想いがあります。

それは、幼い頃に父が教えてくれたお話・・・【竹の節越え】

私は竹のしなやかさが大好きで、七夕になると笹竹飾りを楽しみにしていたものですが、いつも竹竿を見て、節があるのは何故なんだろう?と思っていました。

そんな私に、父が

「竹も大きくなる為に竹の節越えがあるんだよ。ひとつの節を越えるのに、竹も一生懸命越えて伸び、又節越えがやってきて親竹になるんだよ。節を越える時は、少し辛いんだ。でも竹は、その痛みを越えて親竹になるんだよ。」

そのように諭してくれました。

材木屋を営む父は、木の年輪の話もしてくれました。

「年輪は人間の年齢と同じ。成長の記し。

植物にも、みんな心があるんだ。意識だね。

だから、「芯」という文字は草冠の下に心と書くんだよ。」

当時の幼い私にとって、印象に残る話でした。

こうして大人になって、改めて、あの頃の父の諭し話が胸を打ちます。

とても響くのです。

幼い子供の頃は、人生の体験がありません。

けれど、今になって思うことは、幼い我が子が人生を歩み、必ずやってくる試練や痛みを越えてほしい……そんな親心から父は伝えてくれていたのだと。

そう思って自然界をみるとなぜだか涙が溢れて仕方ありません。

父は、空から「自然に学びがあるんだね。」と語ってくれているようです。

自然界に導かれ人生を育む……

自然界には調和しかない。

そんな事に今更ながら氣づける自分に、「お父さんありがとうございます。」

「大自然に感謝をいたします。」

そんな想いで手を合わせている私がいます。

                                  合掌m(__)m