「ひぐらしが鳴いたら帰ろうね」
野山を駆け巡るヤンチャな子供にとっては、ひぐらしが帰宅のバロメーター。その子供は兄、弟、わたし。
早朝の涼やかな風に吹かれながらカブトムシを捕まえ、それが終わったら川遊び、それから田んぼのあぜ道を歩きながらトンボを捕まえ、クタクタになって帰ります。
小さな兄の手が、更に小さい紅葉のようなわたしの手を取って「久美子帰るよ」……
誰に邪魔されることのない夏休みは、わたし達にとっての楽園でした。
晩夏になればなるほど、ひぐらしの(カナカナ〜♪カナ〜)鳴き声は郷愁を呼びました。
幼い頃の記憶を携えて大人になった今……兄との別れを偲びます。
兄の体の痛みと辛さを感じながら、特に、ここ4ヶ月は兄へと意識が流れました。そして、一生懸命、様々な内容に取り組みました
兄を、わたしのマンションで看護したその日。
わたしのリクライニングチェアに横になりながら、細くなった体をチェアーに身を任せたら、小さな声で、「迷惑かけてごめんね」
「何を言っているの、人は生まれたら人に迷惑をかけて育つのよ。迷惑をかけない人はいないよ。人間は迷惑かけ合いながら愛を育てるんだね、そう思わない? 幼子から年を重ねて…ね!そうでしょ。兄ちゃんわたしは嬉しいよ…」
「そうか…ありがとう…」
わたしは、涙目の兄の手を取りました。
そして、妹として生まれたことをありがたく感じました。
この人生に偶然というものはなく、全てのものに…わたし達の理解を超えた、より大きな目的がある・・・そのように感じさせてくれた兄との出逢い。
潜在意識の深いところで結ばれた絆・・・
大人になった今、幼い頃を思い出させてくれる、暑い夏、小さなわたしを支えて手をひいてくれた、兄の手の優しい温もりを覚えています。
そして、旅立つ準備の兄の手は優しく兄と妹の契りを結び、それが兄との最期、温かなぬくもりでした。
もう兄の手を握ることはありません。
「今迄支えてくれてありがとう。これからは、魂になった兄ちゃんを感じながらしっかり生きていきます」そう宣言を致しました。
ひぐらしの鳴き声を聴きながら、幼い頃の優しい想い出へのタイムスリップは、今に息づいています
大切な御縁でした。
恩田晴夫兄さん
生まれてきてくれてありがとう。
わたしと出逢ってくれてありがとう。
合掌
